「実は、チンドン屋というのは徒弟制度がまだ存在する世界で、本来ならどこかの親分に弟子入りをして始めるのが筋。しかしそんなことも知らず、掟やぶりのような形で入ってきた私たちに、全日本チンドン大会への出場のチャンスが巡ってきました」。幸運にも、当時はチンドンコンクールをする人が本当に少ない時期であったため、とにかく出場して欲しいということだったらしいのです。
そして、そのコンクールではじめて、安達さんは本物のチンドン屋を見、関東や関西の名のある親方衆と出会います。「ショックでしたね。まず衣裳の着方、お化粧の仕方から違っていました。いろんな楽器が演奏できるのはもちろん、口上の上手さ、芸の広さに驚き、自分がやってきたものは、全く違ったものだったと気づきました」決してパフォーマーではない。 |